朝豪(読み)ちょうごう

世界大百科事典(旧版)内の朝豪の言及

【円教寺】より

…鎌倉時代には将軍家祈禱所となり,34世長吏俊源は,講堂,五重塔,食堂(じきどう)を建立または改造して大興隆期を迎えた。一遍が遊行のさい当寺に参詣した1287年(弘安10)は46世長吏朝豪の時代で第2の興隆期に当たる。1333年(元弘3)5月,後醍醐天皇は隠岐から還幸の途次行幸して安室郷(やすむろごう)を寄進し,1248年(宝治2)に後嵯峨院が寄進した余部荘(よべのしよう)地頭職を安堵した。…

※「朝豪」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む