本能寺未生流(読み)ほんのうじみしょうりゅう

世界大百科事典(旧版)内の本能寺未生流の言及

【本能寺】より

…秀吉の命で天正年間(1573‐92)の後半に現寺地に移転して再建したが,その後2回炎上し,現堂宇は昭和期の建築。なお〈本能寺未生流〉の流祖で有名な大住院日甫(につぽ)は,当寺塔頭(たつちゆう)の僧で17世紀に活躍し,立華(りつか)の名手として聞こえた。寺宝中に伝藤原行成筆書巻(国宝)がある。…

※「本能寺未生流」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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