朱楽連(読み)あけられん

世界大百科事典(旧版)内の朱楽連の言及

【朱楽菅江】より

…内山賀邸に学び,同門の唐衣橘洲(からごろもきつしゆう),四方赤良(よものあから)(大田南畝)らと戯れに狂歌を作ったのが意外に流行し,三大家と称された。門下を朱楽連と号して1785年(天明5)に狂歌撰集《狂言鶯蛙集》を出した。他方,安永年間(1772‐81)は赤良に続いて洒落本を書き《売花新駅》《大抵御覧》《雑文穿袋》などの作があるし,若い時に前句付(まえくづけ)に親しんだので1780年から川柳の牛込蓬萊連グループに属して《川傍柳(かわぞいやなぎ)》編撰に参加した。…

※「朱楽連」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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