李国昌(読み)りこくしょう

世界大百科事典(旧版)内の李国昌の言及

【朱邪赤心】より

…朱邪氏は沙陀突厥の別部で,赤心の父の執宜のときに唐に内属した。赤心は龐勛(ほうくん)の乱(868‐869)を討伐し,その功で大同軍節度使に任じられるとともに,李国昌という姓名を賜った。いったんは唐にそむいたが,黄巣の乱に際しては,子の李克用とともに唐を助け,代北軍節度使に任じられた。…

※「李国昌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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