李後主(読み)りこうしゅ

世界大百科事典(旧版)内の李後主の言及

【纏足】より

…また女性労働力を必要とする貧民には普及しなかった。 起源については諸説あるが,南唐の李後主が宮女に足を布でしばり細く小さく新月状にして黄金の蓮花の台で舞わせたのに始まるという伝説があり,五代・宋初,10世紀ごろからとみられる。最初芸妓の間に流行したらしく,やがて上流階級に広まり,民間に普及したのは南宋以後のことで,これは宋学の貞節奨励と関連があろう。…

【李煜】より

…字は重光。南唐後主,李後主とも呼ばれる。歌辞文芸,の作者として有名。…

※「李後主」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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