李載裕(読み)りさいゆう

世界大百科事典(旧版)内の李載裕の言及

【朝鮮共産党】より


[再建運動]
 コミンテルンは朝共の承認を取り消したうえで1928年12月〈朝鮮問題に関する決議〉(十二月テーゼ)を発表,労農大衆を基礎とする党再建を指示し,朝鮮内ではこれにもとづいて再建の試みが解放まで続けられた。有名な再建運動に,34‐36年の李載裕を中心とする〈党再建ソウル準備グループ〉,39‐41年の朴憲永らによる〈ソウル・コムグループ〉があるが,激しい弾圧と分派の未解消のため党再建はならなかった。解放直後朴憲永らを中心に朝鮮共産党が再建され,北にも朝鮮共産党北朝鮮分局(のち北朝鮮共産党)がつくられたが,46年それぞれ南朝鮮労働党,北朝鮮労働党に再編された。…

※「李載裕」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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