東洋ゴム化工(読み)とうようごむかこう

世界大百科事典(旧版)内の東洋ゴム化工の言及

【タイヤ】より

…38年からは原料の生ゴムが統制物資となり,タイヤ業界も戦時統制の時代を迎えた。敗戦までに,43年には東洋紡績がタイヤ製造を目的として多くの企業を買収して設立した東洋ゴム化工(現,東洋ゴム工業)が自動車用タイヤの本格的製造を始め,44年には大日本航空機タイヤ(現,オーツタイヤ)が大日本紡績(現,ユニチカ)の子会社として設立されている。 第2次世界大戦後は輸入生ゴムの統制のため原料不足に悩まされたが,その後のモータリゼーションの発達とともにタイヤの生産量は急増した。…

※「東洋ゴム化工」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む