松下城下(読み)まつやまじょうか

世界大百科事典(旧版)内の松下城下の言及

【松山[市]】より

…愛媛県中部,重信川流域の松山平野北部にある県庁所在都市。1889年市制。人口46万0968(1995)。中心市街地は近世初期,加藤嘉明が北部の分離丘陵勝山(132m)に居城を建設して松山と改称して以来,その城下町として発展した。愛媛県の発足(1873)によって松山は県庁所在都市となったが,第2次大戦前は人口10万人台で,産業も伊予絣(いよがすり)が特産であったにすぎない。戦後は周辺町村の合併と,臨海部に丸善石油,大阪曹達,帝人など化学工業が立地する。…

※「松下城下」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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