世界大百科事典(旧版)内の桜井家の言及
【松平氏】より
…1496年ころ家督をついだ長親(文書では長忠,道閲)は1506年(永正3)からの今川氏の侵入をよく防ぎ,長く実権を掌握していたらしい。庶家は桜井家をついだ信定をはじめ,福釜(ふかま)(親盛),青野(義春),藤井(利長)が分出したが,長親は嫡子信忠よりは信定を愛し,信忠が暗愚と伝えられる面もあって,一族・被官は2派に分かれて内紛がおこった。結局信忠は1520年代初めに家督を松平清康に譲り,三木(信孝),浅井(康孝)を分立させて隠居した。…
※「桜井家」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」