楊杏仏(読み)ようきょうふつ

世界大百科事典(旧版)内の楊杏仏の言及

【中国民権保障同盟】より

…趣旨は国民党反動派の白色テロに反対し,人民の言論,出版,結社の自由を守り,すべての愛国的,革命的政治犯を救済するにあった。1932年12月,宋慶齢を主席,蔡元培を副主席,楊杏仏を幹事長として発足し,ただちに陳独秀,許徳珩,廖承志,丁玲らの救済を試みている。上海,北京などに分会を有し,魯迅も上海分会の執行委員として名を連ねていた。…

※「楊杏仏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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