楚・漢の戦(読み)そかんのたたかい

世界大百科事典(旧版)内の楚・漢の戦の言及

【項羽】より

…前206年8月,劉邦は反旗をひるがえし,関中を平定すると,東に向かって項羽と天下の覇権を争った。これがいわゆる楚漢の戦で,5年にわたって血みどろの激戦が展開される。その間,項羽はいく度か劉邦を死の寸前まで追いこみながらも逃してしまったばかりでなく,かえって劉邦の策略にかかって有能な部下を離され,韓信が斉を平定すると背後をおびやかされ,彭越には糧道を絶たれるなど,しだいに窮地に追いこまれていった。…

※「楚・漢の戦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む