楽僔(読み)がくそん

世界大百科事典(旧版)内の楽僔の言及

【敦煌】より

…北魏は初めここを敦煌鎮とし,のちに瓜州と改めた。 莫高窟は,前秦領であった366年(建元2)に僧の楽僔(がくそん)が最初の洞窟を掘り,6世紀の前半,北魏の末期に瓜州刺史となった東陽王の元太栄らが拡張したと伝えられ,それ以後1000年ごろまで開掘と補修がつづけられ,仏教の聖地となった。北魏の都,平城の近くに460年以後,曇曜の発案で開掘される雲岡の大石窟は,明らかに敦煌莫高窟の造営を模範としていた。…

【敦煌莫高窟】より

… 敦煌莫高窟の草創についての記載は,698年(聖暦1)の李懐譲《重修莫高窟仏龕碑》が最も古い。碑文によると,366年(建元2)楽僔(がくそん)が千仏を見て窟を開き,続いて法良禅師がさらに1窟を造営したのがその始めと述べている。碑文に述べる内容は第156窟に墨書された《莫高窟記》にも踏襲されているが,第17窟から出た949年(乾祐2)の《沙州土鏡》残巻には,353年(永和9)に草創されたとしている。…

※「楽僔」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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