世界大百科事典(旧版)内の標準バビロニア語の言及
【アッカド語】より
… 他方アッシリア語は,カッパドキアのアッシリア商人植民地跡から出土したカッパドキア文書に代表される古アッシリア語(前19世紀),アッシュール出土の〈アッシリア法〉などによって代表される中期アッシリア語(前1500‐前1000ころ),アッシリア隆盛期の書簡,経済文書などに見られる新アッシリア語(前1000‐前625ころ)などに区別される。ほかに〈標準バビロニア語〉と呼ばれるものがあるが,これはカッシート時代の書記たちが古バビロニア語を基にして作り上げた一種の文語で,宗教・文学作品のことばとしてバビロニアのみならずアッシリアにおいても広く用いられた。なおアッカド語は,シュメール語の影響を受けて喉頭音の多くを失い,定動詞も特に古バビロニア語においては文章末尾にくるなど,他のセム語には見られないいくつもの特徴をもっている。…
【カッシート】より
…その後,カッシート王朝は約9年(前1225‐前1217)アッシリアの支配を受けるが,やがて独立を回復し,前1155年エラム人によって滅ぼされるまでさらに5代の支配が続いた。 カッシート人は,一般的にいって,言語,宗教,行政などの面で古バビロニア時代以来の伝統をそのまま受け継いだが,各年を年名によらずその時々の王の治世何年と呼ぶ方式が採用されたこと,それまでに伝えられていた文学作品の編さんや新しい作品(たとえば《ルドゥルル・ベル・ネーメキ》や《バビロニア神義論》など)の創作,カッシート時代以後一種の文語としてバビロニアばかりでなくアッシリアにおいても用いられるようになった〈標準バビロニア語〉の確立など,独自の貢献も少なくない。バビロニア【中田 一郎】
[美術]
カッシート人はバビロニアを400年以上にわたって政治的に支配したが,その美術には見るべきものは少ない。…
※「標準バビロニア語」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」