檜隈忌寸(読み)ひのくまのいみき

世界大百科事典(旧版)内の檜隈忌寸の言及

【檜隈】より

…奈良県高市郡明日香村南西部の古代地名。檜隈忌寸(いみき)とも称される渡来系集団,東漢(やまとのあや)氏が集中して居住した。《日本書紀》応神20年9月条の記事や,《続日本紀》宝亀3年(772)4月条の坂上苅田麻呂の奏言によれば,応神朝に百済から渡来した阿知使主(あちのおみ)やその子の都加使主(つかのおみ)らが檜隈邑に住みつき,その子孫が栄えて檜隈忌寸と称されるに至ったという。…

※「檜隈忌寸」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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