世界大百科事典(旧版)内の武信君の言及
【張儀】より
…秦の恵王の信任を得て宰相に登用され,六国が秦と個別に同盟を結ぶいわゆる連衡の締結に成功し,蘇秦の合従(がつしよう)策を崩壊させた。その功績により封ぜられて武信君と号したが,恵王についで立った武王と相容れず,群臣も彼を中傷したので連衡策は信頼を失い,六国はふたたび合従を結んだ。のち魏に行き,その相となったが,ほどなく没した。…
※「武信君」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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