《民主主義の将来》(読み)みんしゅしゅぎのしょうらい

世界大百科事典(旧版)内の《民主主義の将来》の言及

【ホイットマン】より

…60年12月に弟が負傷したとのうわさを聞いてバージニア戦線に急行し,弟の傷は予想よりも軽かったがホイットマンはそのまま残り,やがてワシントンの病院に足しげく通って若い負傷兵たちの看護に当たる。リンカン大統領の死を素材とする挽歌《先ごろライラックが前庭に咲いたとき》(1866)に明らかなように,戦後のアメリカに寄せる詩人の危機感は並々でなく,とくに論文《民主主義の将来》(1871)は,物質主義の優勢を嘆き〈人格主義〉の必要を訴えた。73年に中風のため半身が麻痺してからは,ニュージャージー州キャムデンに引きこもり,徐々に高まる名声とはうらはらに絶望を深めていくが,死の床でも《草の葉》第9版刊行の努力を怠らなかった。…

※「《民主主義の将来》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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