世界大百科事典(旧版)内の民主主義教育研究会の言及
【民間教育研究運動】より
…会は科学的研究をふまえて教育改革を志向したが,44年解散を余儀なくされ,いっさいの教育運動は抑えられた。 第2次大戦後,戦前からの運動の担い手であった教師たちはいち早く教員組合結成に努力するとともに,46年4月には民主主義教育研究会を結成して民間教育研究運動に乗り出したが,50年前後,占領軍の権力を背景に行われたレッドパージなどにより停滞した。運動の再建は51年のサンフランシスコ講和条約・日米安保条約調印の時期,つまり憲法・教育基本法体制の空洞化が始まる時期であり,日教組が教育研究活動を開始するのも同じ51年であった。…
※「民主主義教育研究会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」