水無瀬駒(読み)みなせごま

世界大百科事典(旧版)内の水無瀬駒の言及

【将棋】より

…駒の字は平安時代から能筆家が書き,15世紀から16世紀にかけて世尊寺伊忠(せそんじこれただ),三条西実隆,中御門宣胤(なかみかどのぶたね),粟津修理亮,水無瀬兼成(みなせかねしげ)らが書いたとされている。なかでも水無瀬家は兼成の子の親具(ちかとも),その子の氏成と能筆家が続いたので江戸時代に駒の書体の宗家とされ,水無瀬駒として珍重された。水無瀬家に残る《将棊馬日記》(1590‐1602)は,多くの貴族や武将が駒を注文した記録である。…

※「水無瀬駒」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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