永康・永嘉学派(読み)えいこうえいかがくは

世界大百科事典(旧版)内の永康・永嘉学派の言及

【事功学派】より

…婺(む)州永康県の陳亮(ちんりよう),温州永嘉県の薛季宣(せつきせん)(1134‐73),陳傅良(ちんふりよう)(1137‐1203),葉適(しようてき∥ようてき)らがその代表的学者。その出身地にちなんで永康・永嘉学派ともいい,功利学派ともいう。彼らは,程子―朱子の道学派が〈利〉よりも〈義〉,行為の結果よりも心の動機を重んじたのに対し,功利を離れた義理はありえぬと主張して,軍事・財政にわたる具体的なプランを提起し,古典研究もその立場から行った。…

※「永康・永嘉学派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む