永徽律令(読み)えいきりつれい

世界大百科事典(旧版)内の永徽律令の言及

【大宝律令】より

…この律令は757年(天平宝字1)まで施行され,その間に日本の律令制の骨格がかたちづくられたのであった。継受法である大宝律令が範としたものは,唐の永徽律令(えいきりつれい)(650制定,翌年施行)であったとみられている。 大宝律令そのものは今日残されていないが,その内容は9世紀に編纂された令の注釈書《令集解(りようのしゆうげ)》に引用されている〈古記〉(大宝令の注釈書)や,大宝律令が施行されていた時期の《続日本紀》の記事などによって,その大要を知ることができる。…

※「永徽律令」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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