世界大百科事典(旧版)内の江陵府の言及
【江陵】より
…春秋時代,楚の文王が定めた国都の郢(えい)はその北郊にあり,春秋戦国を通して臨淄(りんし),邯鄲,大梁や咸陽などと並ぶ大都市として繁栄を誇った。秦・漢には江陵県がおかれて南郡の治所となり,唐・宋は江陵府,明・清は荆州府であった。その間,南朝梁の元帝は一時ここに都をおき,また五代のときには十国の一つ荆南の高氏もここを都とした。…
※「江陵府」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…春秋時代,楚の文王が定めた国都の郢(えい)はその北郊にあり,春秋戦国を通して臨淄(りんし),邯鄲,大梁や咸陽などと並ぶ大都市として繁栄を誇った。秦・漢には江陵県がおかれて南郡の治所となり,唐・宋は江陵府,明・清は荆州府であった。その間,南朝梁の元帝は一時ここに都をおき,また五代のときには十国の一つ荆南の高氏もここを都とした。…
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[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...