汴州(読み)べんしゅう

世界大百科事典(旧版)内の汴州の言及

【河南[省]】より

…省域の大部分は河南道で,一部は河北・淮南・山南の3道に分属していた。唐が滅んだのち,五代では後唐が洛陽に都をおいたほかは,みな東方の汴州(べんしゆう)(開封)を都としたのは,そこが平原に位置し,洛陽に比べていっそう水運の便に恵まれていたからであった。宋代になると汴州は汴京(べんけい)開封府といい,北宋一代にわたり全中国の国都として栄えた。…

※「汴州」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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