沙門統(読み)しゃもんとう

世界大百科事典(旧版)内の沙門統の言及

【僧官】より

…中国においては,北魏の道武帝が皇始年間(396‐397)に法果を道人統に任じたのが,もっとも早い記録であり,後秦でも405年ごろに僧主,悦衆,僧録を置いた。僧官の名称は時代によってさまざまであったが,おおむね南北朝時代には,北朝は道人統の系統をひく沙門統,昭玄統を長官とし,南朝では後秦の制をついで僧正の名称が用いられた。この時代の僧官には,僧尼の裁判を仏教の戒律に従って行うなど,ある程度の自由性が認められていたが,唐代になると俗官が統制にあたり,中央僧官すら久しく置かれなかった。…

※「沙門統」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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