波崎縞(読み)はさきじま

世界大百科事典(旧版)内の波崎縞の言及

【縮】より

…麻の小千谷縮はもと越後縮ともいい,1670年(寛文10)ころ,明石藩の浪士によって織り出された。綿縮は明和(1764‐72)から天明(1781‐89)のころ,千葉の漁師たちの間で川越縞を模して波崎縞が織られていたが,強撚糸使いの縮が創製され,のち銚子縮として広まったのが始まり。寛政年間(1789‐1801)には阿波しじらがつくられた。…

※「波崎縞」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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