洛党(読み)らくとう

世界大百科事典(旧版)内の洛党の言及

【洛陽】より

…宋代に西京河南府とされはするが,東京開封府の規模,繁栄には遠く及ばない地方都市でしかなかった。ただし,宋代の科挙官僚で洛陽出身者はかなり多く,洛党という政治的党派を形成して一定の影響力を行使したことは注目される。洛党は,宋学の基礎を築いた程頤(ていい)(伊川)を首とし,彼の門下からなっていた。…

※「洛党」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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