海洋権論争(読み)かいようけんろんそう

世界大百科事典(旧版)内の海洋権論争の言及

【海洋法】より

…一方,この時期になると,イギリスは自国の沖合で操業するオランダ漁船を閉め出すために,一転して,自国に近接する海域の領有を唱え始めた。このイギリスの立場を正当化するために,セルデンJohn Selden(1584‐1654)は35年に《閉鎖海論Mare clausum》を著して,自然法および慣行に基づき海の領有が許されることを説き,ここにいわゆる海洋権論争が展開された。 その後,第一級の海洋国家に成長したイギリスがその態度を改めたことや,航海技術の進歩や国際貿易の進展などが原因となって,海洋自由の観念が一般に認められるに至った。…

※「海洋権論争」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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