淡輪徹斎(読み)たんなわてっさい

世界大百科事典(旧版)内の淡輪徹斎の言及

【淡輪氏】より

…天正初年には織田信長に属し,水軍を有する淡輪氏は1576年(天正4)木津川口で毛利水軍と戦い,さらに九鬼水軍と協同して紀州雑賀党攻撃にも参加している。信長の死後豊臣秀吉に従い,淡輪徹斎は娘を豊臣秀次の側室としたが,秀次の失脚に連座して所領を没収され,また徹斎の次男重政は1615年(元和1)大坂夏の陣で大坂方として樫井で戦死したという。なお庶流は本山氏を称し徳川家に仕えた。…

※「淡輪徹斎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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