清水紙子(読み)きよみずかみこ

世界大百科事典(旧版)内の清水紙子の言及

【清水坂】より

… 坂一帯の復興がなり,以前にもまして門前町としてにぎわうようになったのは江戸時代に入ってからで,茶屋や土産物屋,それに清水焼(京焼)の窯元が年をおって増加し,また私娼が路傍で客の袖を引くところにもなっていた。なお,清水焼のほか,清水坂で製造販売されていた名物には,寛永年間(1624‐44)にすでに聞こえていた清水坂の炙餅(やきもち)(焼餅),元禄年間(1688‐1704)に売り出されたという清水紙子(かみこ)(紙製の衣類),貞享年間(1684‐88)にお目みえしたらしい清水団子などがあった。【横井 清】。…

※「清水紙子」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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