清涼里(読み)せいりょうり

世界大百科事典(旧版)内の清涼里の言及

【ソウル】より

…城内の道路が拡張され,城外に広がった市域の道路網を建設するために,東大門,南大門など一部を除く城壁の大部分が撤去された。南大門外の京城駅(現,ソウル駅)からは北部地方,嶺南(慶尚道)・湖南(全羅道)地方,京城の外港仁川へ鉄道が伸び,東大門外の清涼里駅は嶺東(江原道)・太白地域,元山方面への発着点となった。植民地時代の後半には,工業の発達もみられ,漢江対岸の永登浦を中心に繊維,食品,ガラス,若干の機械工業がおこったが,これらの工業は朝鮮の民衆の生活上の必要からではなく,日本の中国大陸への侵略を支援する兵站(へいたん)基地の建設という要請による側面が顕著であった。…

※「清涼里」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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