《漢民族の形成》(読み)かんみんぞくのけいせい

世界大百科事典(旧版)内の《漢民族の形成》の言及

【漢民族】より

…彼らが漢族とも漢人とも呼ばれていることは周知のことである。かつて李済は《漢民族の形成》という著書を著しているが,まさに漢民族と汎称される民族の構成はきわめて煩雑であり,その言葉の持つ意味のとらえ方も多様である。ただ漢民族といわれる集団がどのようにして形成されてきたかということを推測してみると,おそらく往古より肥沃な黄河の中・下流域地方を中心とする華北の地に,それぞれ系統を異にした諸民族が,おのおの固有の文化を持ち寄り凝集し,相互に接触を交わし,その異文化の集結によって生じる文化摩擦のエネルギーが燃焼して,おのずと相互の文化が融合し,あるいは変容をとげて,特異な高文化を作り出したものに相違ない。…

※「《漢民族の形成》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む