猿掛城(読み)さるがけじょう

世界大百科事典(旧版)内の猿掛城の言及

【吉田[町]】より

…公園に隣接する清(すが)神社は,素戔嗚(すさのお)尊の八岐大蛇(やまたのおろち)退治の伝説地で,5月5日の例祭には神輿の渡御があり,だんじり屋台が繰り出して〈吉田の市入り〉として名高いが,江戸時代には当日大規模な牛馬市が催された。北部の多治比には毛利元就が青年期まで在城した猿掛(さるがけ)城跡があり,南部には桂城跡,鈴尾(すずのお)城跡など毛利氏一族や重臣の城跡がある。なお江戸時代後期,眼科医として知られた土生玄碩(はぶげんせき)は当地出身で,郡山公園に碑がある。…

※「猿掛城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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