猿若町時代(読み)さるわかまちじだい

世界大百科事典(旧版)内の猿若町時代の言及

【猿若町】より

…人形浄瑠璃2座は慶応年間(1865‐68)にこの地を出たが,1872年守(森)田座が新富町に,84年猿若座(中村座)が鳥越町に,92年市村座が下谷二長町に移転,興行街としての使命を終えた。幕末から近代へという政治的・社会的変動の中における劇場街として,〈猿若町時代〉と呼ばれる一時期を形成し,演劇史上に重要な位置を占めている。【近藤 瑞男】。…

※「猿若町時代」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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