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王立アフリカ会社 おうりつあふりかかいしゃ

世界大百科事典内の王立アフリカ会社の言及

【カンパニー制度】より

… 特許会社としてのカンパニーは,絶対王政などによってそれぞれの独占権を保障された〈初期独占〉体であったから,16世紀末以降,議会の〈反独占闘争〉の矢面に立たされ,市民革命の前後に事実上力を失う。東インド会社のように,改組されてむしろ18世紀に繁栄したものもあれば,新世界への奴隷供給を任務とした王立アフリカ会社(1672設立)やアシエント契約によるスペイン領新世界との貿易を策した南海会社(1711設立)のように,王政復古以後に成立したものもあるが,あまり成功しなかった。そのうえ,1720年,南海会社に関連して株式パニック〈南海泡沫事件〉が起こると,〈泡沫会社禁止法〉が出され,株式会社の新設に厳しい制限が設けられる。…

【奴隷貿易】より

…したがって,16世紀の奴隷貿易はポルトガル人によって展開されたが,17世紀になるとオランダ西インド会社が進出し,17世紀後半からジャマイカやフランス領グアドループ,マルティニク両島が砂糖生産の中心になるにつれて,イギリス,フランス両国商人が奴隷貿易にのり出した。イギリスは,当初,1672年に設立された王立アフリカ会社Royal African Companyなど,特権会社による独占事業として奴隷貿易を展開しようとしたが失敗し,17世紀にはロンドンとブリストル,18世紀にはリバプールの個人商人が奴隷貿易を握り,年間平均10%以上の高い利潤をあげたといわれる。ただし,利潤率については,数十%から100%以上という推計もある。…

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