理性の王国(読み)りせいのおうこく

世界大百科事典(旧版)内の理性の王国の言及

【実践】より

…そしてこの実践を規定する理性を〈実践理性〉と呼び,認識における〈理論理性〉が人間の自由や霊魂の不滅,神の存在を理論的には証明しえないのに対して,実践的にはそれらの存在が必然的に要請されるから,実践理性は理論理性に優位するとした。こうして,倫理的実践によって人間の自由が〈人間性〉の完成として実現する〈理性の王国〉が,人間の実践の目的とされたが,それは歴史的実践(進歩)によって遠い未来に到達されるはずのものであった。そこでヘーゲルは,カントの理論理性と実践理性の二分法を排して,理性が理論的であると同時に実践的であり(弁証法),理性の自己運動と実践的自己実現の過程(歴史)が現実世界だと考えた。…

※「理性の王国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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