世界大百科事典(旧版)内の田上網代の言及
【網代】より
…その漁人は古くから天皇に贄(にえ)を貢献した。宇治網代は《万葉集》に〈八十氏河の網代木〉とみえ,田上網代は883年(元慶7)の官符に近江国の内膳司御厨として現れる。《延喜内膳司式》に山城・近江の氷魚網代が9月から12月30日まで氷魚を貢すとあり,《西宮記》には,田上網代は氷魚,宇治網代は鮎を毎日進めたとある。…
※「田上網代」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…その漁人は古くから天皇に贄(にえ)を貢献した。宇治網代は《万葉集》に〈八十氏河の網代木〉とみえ,田上網代は883年(元慶7)の官符に近江国の内膳司御厨として現れる。《延喜内膳司式》に山城・近江の氷魚網代が9月から12月30日まで氷魚を貢すとあり,《西宮記》には,田上網代は氷魚,宇治網代は鮎を毎日進めたとある。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...