甲州海道(読み)こうしゅうかいどう

世界大百科事典(旧版)内の甲州海道の言及

【甲州道中】より

…1600年(慶長5)に甲斐が徳川家康の領地となって以来,江戸と甲府を結ぶ交通路として整備され,18年(元和4)に官道となった。はじめ甲府海道,甲州海道などと呼ばれたが,1716年(享保1)甲州道中と改められた。江戸日本橋を起点とし,内藤新宿,八王子,大月,勝沼,甲府柳町,韮崎(にらさき)など45の宿場と小仏関,鶴瀬関を経て,下諏訪で中山道に合流し,里程およそ55里(約220km)である。…

※「甲州海道」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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