町堂(読み)ちょうどう

世界大百科事典(旧版)内の町堂の言及

【六角堂】より

…鎌倉初期,比叡山の堂僧だった青年時代の親鸞が当寺に100日間参籠し,聖徳太子の夢告を得て法然房源空の専修(せんじゆ)念仏門に帰した話は有名である。寺地が下京の中心だった関係上,室町中期からの当寺は〈町堂〉として,町衆の生活文化や自治活動の中心地となる役割も果たした。たとえば都市に流入した貧窮者への粥施行(かゆせぎよう)が門前の仮屋で行われたり,下京に危機が迫ると当寺の早鐘が鳴らされた。…

※「町堂」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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