世界大百科事典(旧版)内の畑瀬の言及
【富士[町]】より
…県の北部山地一帯は山内(さんない)とよばれたが,戦国期には神代(くましろ)氏の勢力下にあり,竜造寺氏との抗争が繰り返された。城のあった畑瀬には神代勝利の墓がある。江戸時代には山内の神代氏旧家臣は郷士の処遇をうけ,佐賀藩山内代官の支配下に置かれた。…
※「畑瀬」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...