瘦金体(読み)そうきんたい

世界大百科事典(旧版)内の瘦金体の言及

【徽宗】より

…金軍は宋室の存続を許さず,徽宗は欽宗,后妃,皇族などとともに金軍の捕虜となり,北方に送られ,28年(建炎2),韓州(遼寧省八面城付近)に抑留,30年,はるか東北の五国城(黒竜江省依蘭県)に移され,35年(紹興5)この地に没し,42年,金・宋両国の和議成立とともにその遺体は宋にかえった。 徽宗は皇帝としては失格者であったが,文化人としてはすぐれた天分に恵まれ,詩文・書は瘦金体(そうきんたい)といわれる,書画をよくした。細く鋭い一種独特の書体をひらき,後世にまで影響を与えた。…

※「瘦金体」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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