皇嘉門院領(読み)こうかもんいんりょう

世界大百科事典(旧版)内の皇嘉門院領の言及

【皇嘉門院】より

…保元の乱で崇徳が配流されると,出家して清浄恵といったが,63年(長寛1)再度出家し蓮覚と称した。
[皇嘉門院領]
 保元の乱後,忠通は妻宗子を通して得た所領を,宗子の持仏堂最勝金剛院領とし,父忠実から譲られた家領の一部とともに聖子に譲与した。聖子はこの荘園群の一部を,いったん松殿藤原基房に譲ろうとするが,結局それを撤回し,1180年(治承4)所領の大半を養子九条良通に譲ることを条件として,良通の実父兼実に処分した。…

※「皇嘉門院領」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月節 (12月前半) のことで,太陽の黄経が 285°に達した日 (太陽暦の1月5日か6日) に始り大寒 (1月 20日か 21日) の前日までの約 15日間...

小寒の用語解説を読む