世界大百科事典(旧版)内の矯正会の言及
【日鉄機関方ストライキ】より
…機関方や火夫がストライキにたち上がった背景としては,(1)鉄道業が日本に移植されてからしばらくの間,機関方は一般労働者に比べ著しく高い賃金を得ていたにもかかわらず,その企業内での地位は一般労働者並みであったこと,(2)1880年代末期(明治20年代初頭)以後とりわけ日清戦争以後,賃金面でのこの圧倒的優位性がしだいに失われてきたこと,があげられる。争議が勝利した後,日鉄では矯正会という名の労働組合が結成され,修養団体的活動を行うとともに,会社側の巻返しを阻止して争議の成果を維持する役割を果たしていたが,1901年末に前年制定の治安警察法を用いた官憲と会社による圧迫によって解散を余儀なくされた。【青木 正久】。…
※「矯正会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」