石丸石見守(読み)いしまるいわみのかみ

世界大百科事典(旧版)内の石丸石見守の言及

【石丸定次】より

…江戸前期の幕臣。大番組頭石丸定政の子で,通称は藤蔵。はじめ淡路守のち石見守。1663年(寛文3)60歳で大坂東町奉行となる。経済政策にすぐれた手腕をもち,油屋仲間の紛争の調停,天満青物市場の保護,綿仲間の公認,薪売買法の設定など,大坂の産業発展に貢献。また大火,津波,大洪水などに際して窮民救済につとめ,名奉行といわれた。77歳で在職中に没した。【藤本 篤】…

※「石丸石見守」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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