石舟斎(読み)せきしゅうさい

世界大百科事典(旧版)内の石舟斎の言及

【柳生氏】より

…徳川将軍家剣術師範として知られる。平安時代,関白藤原頼通が春日神社に神供料所として寄進した神戸四ヵ郷の一つの小楊生郷(のち柳生村)に代官として菅原永珍(ながよし)が入部したのに始まるというが,戦国時代に春日神戸代官として美作守家厳(いえよし)があり,その子の新左衛門尉宗厳(石舟斎)が柳生新陰流を起こして自立した。松永久秀に属したため筒井順慶に追われて閉居したが,1594年(文禄3)徳川家康に召されて剣法を伝授したのに始まり,1600年(慶長5)関ヶ原の戦には嗣子の宗矩(むねのり)とともに功をたて,宗矩は秀忠,家光の剣術師範となり,さらに大目付に起用され1636年(寛永13)1万石(1万2500石)の大名に列し但馬守を称した。…

※「石舟斎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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