砂漠の狐(読み)さばくのきつね

世界大百科事典(旧版)内の砂漠の狐の言及

【ロンメル】より

…1910年ドイツ陸軍に入り,第1次世界大戦では歩兵小部隊指揮官として武名をあげ,第2次世界大戦では当初,ヒトラーの護衛隊長であったが,対フランス作戦で装甲師団長として長途の敵中突進で戦功をあげた。41年初頭,イタリア軍援助のための北アフリカ派遣ドイツ軍の司令官に起用され,砂漠の戦車機動戦で天才的な直観と決断力とを発揮して戦績を重ね,敵側から〈砂漠の狐〉と呼ばれるようになった。42年6月トブルクを陥し,エジプトに侵入し,アレクサンドリアにあと160kmと迫ったが,結局,補給の困難とイギリス軍の優勢で,エル・アラメインの戦に敗れ,チュニジアに後退,アフリカから去った。…

※「砂漠の狐」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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