磯部七郷(読み)いそべしちごう

世界大百科事典(旧版)内の磯部七郷の言及

【志摩国】より

…1353年(正平8∥文和2)供御人正憲の遺産をめぐって相論が生じているが,98年(応永5)には神人や島々の悪党が供御人の財物を奪取,彼らを磯部より追却する事件が起きている。15世紀中葉の磯部は〈磯部七郷〉といわれ〈老若〉=自治組織を持つ郷村として発達し,しばしば伊勢神宮に年貢の減免を求め,抵抗している。1466年(文正1)には北畠氏と対立し,内宮の支援を請うているが,同年には土岐氏の所領となるなど,波乱が生じている。…

※「磯部七郷」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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