神亀経(読み)じんぎきょう

世界大百科事典(旧版)内の神亀経の言及

【長屋王】より

…また《万葉集》にも王の歌がある。王は写経にも熱心で,長屋王願経として知られる和銅経,神亀経(ともに大般若経)の一部分が現存している。《日本霊異記》には逆に沙弥に乱暴し,その応報で陰謀にまきこまれ,王の骨がたたりを及ぼしたとの説話がみえる。…

【長屋王願経】より

…長屋王が文武天皇(683‐707)の崩御を悼んで712年(和銅5)発願書写させた大般若経と,728年(神亀5)父母の冥福を祈って書写させた大般若経の2種があり,前者を〈和銅経〉,後者を〈神亀経〉とも呼ぶ。ともに界線をひかず,また神亀経は長麻紙を用いる点,写経組織(写経所)がうかがわれる点でも貴重である。…

※「神亀経」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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