神保長職(読み)じんぼながもと

世界大百科事典(旧版)内の神保長職の言及

【神保氏】より

…越中の中・近世武家。上野国多胡郡の出自で,惟宗(これむね)を姓とした。南北朝期に畠山氏に従って京都に上り,畠山基国の越中守護職就任にともなって越中にかかわる。1443年(嘉吉3)に神保国宗が守護代としてみえるのが越中での初見史料で,以後,放生津を拠点として婦負(ねひ),射水(いみづ)2郡に勢威を張る。神保長誠(ながのぶ)は畠山政長の執事として,畠山義就に対抗,67年(応仁1)京都上御霊社に挙兵して応仁・文明の乱の口火を切った。…

※「神保長職」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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