禹貢学派(読み)うこうがくは

世界大百科事典(旧版)内の禹貢学派の言及

【禹貢】より

…1934年3月1日創刊,半月に1冊発行され,日中戦争開始直後の37年7月の7巻10期まで続いた。燕京大学の顧頡剛(こけつごう),輔仁大学の譚其驤(たんきじよう)が中心となり,この雑誌に実証的な論文を寄せるとともに,禹貢学派という学派を形成し,中国の地理沿革史,歴史地図,地名辞典の作成を目ざし,大きな影響を与えた。谷霽光(こくせいこう),史念海,聶崇岐(じようすうき)ら多くの学者を生んだ。…

※「禹貢学派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む