世界大百科事典(旧版)内の秥蟬県治址の言及
【秥蟬県碑】より
…発見された時は,小道のわきの耕地に傾いて立っていた。碑文は《後漢書》祭祠志にみえる,元和2年正月の詔に対応し,また,その内容から,石碑が立っていた地点の南西方約500m余りの所にある於乙洞土城が,漢代の秥蟬県治址であることがわかった。【西谷 正】。…
※「秥蟬県治址」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...