稲毛荘(読み)いなげのしょう

世界大百科事典(旧版)内の稲毛荘の言及

【川崎[市]】より

…7~8世紀に宮前区野川の影向(ようごう)寺が創建され,中央の文化が伝播してきたが,重要文化財に指定された薬師三尊は有名である。平安時代後期には武蔵平氏の一族河崎基家が開発領主であった河崎荘,また幸区には加瀬荘,中原区には丸子荘,中原区から高津区にかけては稲毛荘があった。鎌倉時代には稲毛荘の領主に源頼朝の姻戚稲毛三郎重成が多摩区の小沢城や枡形城を構えており,鎌倉の防衛線として重要な位置を占めていた。…

※「稲毛荘」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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